2025/10/09

台湾における「社会通念上同一の商標」と「使用主体」の判断基準

商標 知的財産及び商業裁判所

   商標登録の維持には、一定期間内の継続的な「国内における登録商標の使用」が不可欠であり、その使用実態が確認できない場合、第三者による不使用取消審判によって登録が取り消される可能性がある。この制度は、未使用のまま排他的権利を保持し続けることで、他者の商標選択の自由を不当に制限し、市場の公正な競争秩序を乱すことを防ぐために設けられている。これは、「商標の保護は、使用によって蓄積された信用に基づくものであり、使用していなければ権利の対象たる信用が消失しており、取り消されてもやむを得ない」とする原則に立脚している。

 

  商標登録の取消を免れるためには、「登録商標と実際に使用された商標が少なくとも社会通念上同一であること」および「登録商標が商標権者自身または許諾使用権者により使用されていること」が求められるため、取消を回避する側・請求する側の双方にとって、これらの要件の解釈と証明は極めて重要な論点となる。

 

  本稿では、登録商標「正豊」(以下「本件商標」という)の不使用取消審判をめぐる審決[1]・訴願[2]、行政訴訟[3]の経過を整理したうえで、裁判所がこれらの要件についてどのような判断基準を示したかを検討し、その実務上の意義を考察する。

 

  事件の登場人物

 

  • 甲(商標権者):2009年に本件商標を出願。農薬ビジネスには直接関与せず。

 

  • 乙(甲の配偶者):農薬関連ビジネスの実務を担い、実質的な運営者。後に無許可農薬販売により刑事訴追を受け、2017年に服刑。

 

  • 丙(法人):乙がかつて経営に関与していた法人で、2016年に代表者が交代した。現在本件商標を使用中。

 

  経緯の整理

 

  甲は2020年に丙に対して商標権侵害に関する民事訴訟[4]を提起した。丙は当該侵害訴訟において、本件商標が実際に使用されていないため取消事由があるとして非侵害を主張したほか、丙は甲の商標登録を取り消すべく、知的財産局[5]に不使用取消審判を請求した。当該審判では取消審決がなされ、甲は、その取消審決に対して不服申立て手段として訴願を提起したが、経済部[6]によって棄却されたため、最終的には知的財産裁判及び商業裁判所(以下「知財裁判所」という)における行政訴訟へと発展した結果、甲の敗訴が確定した。

 

  登録商標の不使用取消審判での争点

 

  (1)登録商標と使用商標との同一性

 

  知財裁判所は、社会通念上同一の商標について「実際に使用された商標と登録商標とが同一性を有するか否かの認定にあたっては、まず登録商標の主要な識別特徴を明確にし、そのうえで、実際に使用された商標がその主要な識別特徴を変更しているか否かを評価し、一般社会の通念および消費者の認識に基づいて、具体的事案ごとに個別に判断すべきである[7]と定義した上で、いずれの使用商標との同一性を否定した。

 

  

甲の登録商標

丙の使用商標

 

  登録商標は、デザイン加工のない横書きの中国語「正豐」を下部に配し、上部に抽象的なパイナップル図形を組み合わせた構成であり、そのうち、冠葉部分は黒く塗りつぶされ、果実部分は白抜きとされて冠葉部分とのコントラストを成す図柄となっている。このような主要な識別特徴は、使用商標とは明らかに異なり、その構成態様からして、すでに本件商標とは全く異なる印象を与える。

 

  

甲の登録商標

乙の使用商標

 

 

  「飛殺滅」「正豐冬」「紅星」「萬能松」「速草淨」等の名称、パイナップル外枠や写真を含む図柄も、本件商標とは文字・図形の両面で明確に異なっており、同一性はない。

 

  また、甲側はそのほかにも複数の商標使用証拠を提出していたが、それらはいずれも、不使用取消請求日から遡って3年以内の使用とは認められないもの、あるいは使用の具体的時期が不明確であるものばかりであった。これらの証拠はいずれも、登録商標の使用としての証明力に乏しいとされ、商標法上の「使用」としては採用されなかった。

 

  (2)登録商標の使用主体

 

  もう一つの大きな争点は、実際に商標を使用していたのが甲本人ではなく、配偶者である乙やその関係法人であったことにある。

 

  甲は、乙に対し登録商標の使用を許諾しており、乙が実質的に経営していた丙に対しても、乙を介した「再許諾」が成立していたと主張した。知財裁判所は「一般的な社会通念に照らして、実際に会社を経営している者が必ずしも自分の商標や取得した商標を会社に使用許諾するとは限らず、あくまで両者の間に許諾関係があるか否かで判断すべきである。ところが、原告甲の配偶者である乙は代表者でもなく、原告甲も丙に対し、本件商標の使用を許諾または再許諾した証拠を一切提出していない。むしろ、別件で丙に対し、本件商標の侵害による損害賠償および侵害排除を求める民事訴訟を提起している。」として、この主張を退けた。つまり、同一の相手方である丙に対して、民事訴訟では「無断使用」としながら、不使用取消審判では「許諾使用」とするものであり、両主張の間には明確な矛盾が存在する。裁判所は、このような主張の不整合を理由に、甲が主張する使用許諾関係の実在性を認めず、甲→乙→丙の再許諾が成立していたとは到底いえないと判断したということである。

 

  日本と同様に、台湾においても、商標権者のみならず、許諾による使用権者が登録商標を使用していれば、商標登録の取消を免れるが、その前提にはライセンス関係を証明する書類や事実的証拠が必要とされる。本件では、乙が刑事事件で服役していたことも影響し、当該関係が継続していたとは認めがたいと判断された。

 

  当所コメント

 

  本件は、「登録商標と実際に使用された商標が少なくとも社会通念上同一であること」および「登録商標が商標権者自身または許諾使用権者により使用されていること」が主要な争点となった点で、実務上も極めて示唆に富む事例である。以下、特に実務に直結する二つの観点からコメントする。

 

  (1)不使用期間の把握と戦略的請求タイミング

 

  丙は、乙(甲の配偶者)が2017年11月に収監されて以降、商標登録の使用がなかった点に着目し、収監後約2年8か月が経過した2020年7月に不使用取消審判を請求。収監前の時期も合算して、3年以上の不使用の立証が容易な時期を見計らったとみられる。このように、不使用期間の起算点や立証のしやすさを見極めたうえで請求時期を選定することは、審判の成立可能性を高めるうえで極めて重要な戦略である。

 

  (2)いわゆる「駆け込み使用の排除」

 

  たとえば、請求人が2年9か月間の不使用実態を把握した段階で、商標権者に対して譲渡やライセンスの打診などを通じて取消請求の意思を示し、その3か月後に不使用取消審判を請求すれば、直前の形式的な使用を無効化できる。これにより、実質的には2年9か月で不使用取消の条件を満たすことが可能となる。このような制度設計は、日本商標法第50条第3項の考え方を取り入れた台湾商標法第63条第3項[8]にも明確に現れている。

 

  つまり、「駆け込み使用の排除」は、取消請求における立証戦略の一環として日台共通で活用可能であり、請求のタイミングと通知の方法を工夫することで、取消成立の可能性を実質的に高めることができる。

 

  甲が当初提起した商標権侵害に関する民事訴訟については、本件訴訟及び審決の確定により、本件商標は知的財産局が取消審決を下した時点で取り消されたが、取消以前においては商標権の効力は依然として存在しているため、取消前の侵害行為が成立するか否かを審酌すべきである[9]。当該民事訴訟は最高裁判所により二度にわたって知的財産裁判所に差し戻され、現在もなお審理中である。

 

[1] 知的財産局(112)智商00495字第11280614620号(2023年8月31日)。

[2] 経済部経法字第11217308920号訴願決定(2023年11月30日)。

[3] 知的財産及び商業裁判所113年度行商訴字第4号行政判決(2024年11月21日)。

[4] 知的財産裁判所109年度民商訴字第26号民事判決(2020年12月31日)。

[5] 日本の特許庁に相当。

[6] 日本の経済産業省に相当。

[7] 最高行政裁判所110年度上字第51号行政判決を参照。

[8] 第1項第2号に規定する情況に該当するが、取消審判請求時には当該登録商標が使用されている場合、他人が取消審判を請求すると知って、当該取消審判請求前の3か月以内に使用を開始したのでなければ、その登録を取消さない。

[9] 最高裁判所113年度台上字第275号民事判決(2024年4月24日)。

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